トロントで日本語を継承語教育する

継承語教育

  この言葉が今、僕の頭を駆け巡っている。
2月から週末のみ、日本語学校で児童に日本語を教える身となったが、この学校は「継承語教育」学校である。
英語フランス語が公用語であるカナダにおいて、日本語は言語マイノリティーである。
故に児童が日本語を母語として習得するには、親の熱意がまず優先される。
子供が低学年である頃はこの親の熱意が功を奏するが、思春期、反抗期を迎える高学年では、これが裏目に出て、
マイノリティー言語に感情的拒否感を持ち、マイナスイメージを抱く。
成人が個人的興味で日本語を学ぶのは第2言語学習であるのに対して、子供がマイノリティー言語を学ぶのは継承語教育であり、感情的に継続学習が難しい。

自分は今、グレード5-9(小学5年生〜中学3年生)を教えているが、ちょうど思春期、反抗期まっただ中の子供たちであり、日本語を学ぶモチベーションが極端に低い。継承語教育の中で次に問題点となっているのは「漢字」という壁である。日本語二世の彼らは「話す聞く」技能にあまり問題ないが(いぜん助詞、動詞活用の誤りは多いが)、「読み書き」能力は極端に落ちてしまう。それは「漢字」が出来ないからである。漢字が読めないと、日本語を読もうとはしなくなるし、抽象概念が理解できず、学習言語が習得されない。継承語教育は、思春期反抗期の子供たちに、マイノリティー言語の読み書き能力をどのように向上させていくかが最大のキーなる。

さらなる問題点は、継承語教育学校は、親たちの熱意で運営されており、教師として教育された者が少ない。自分もしかりである。10年前に日本語教育能力検定には合格しているが、これは日本語を第2言語として教える技能であり、日本語がいまだ母語になりきれていない児童に教える技術ではない。ここにどのような工夫がいるのか。

1つには、高学年になれば、児童に「日本語に関するニーズ分析」をするというものがある。日本語を学びたいのか、学びたいなら、なにをどこまで習得したいのか。家庭でのコミュニケーションや、日本に旅行する際に困らない程度のものであれば、話す聞く技能習得で十分だが、進学や仕事に結びつけたいなどの将来的な展望や、文化多様化社会人として違うものの見方や論理力を養いたいとするならば、漢字を基礎にした読み書き技能の習得が欠かせない。あるいは日本のアニメやマンガなど、サブカルチャーを通して日本語に触れ続けていきたいとするならば、違った学習プランが必要となろう。

要は、親の熱意がどれだけ高くても、子のニーズとマッチしなければ、感情的摩擦となって、最悪の場合、日本語離れを起こしてしまう。継承語教育には、胸に情熱的なものを抱きつつ、冷静な理性で学習プランニングをする必要があるのではないか。 

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JSL江副式見てわかる日本語(1)

第2言語としての日本語(JSL)、そして(◎.◎)で分かる日本語(VLJ)

日本人の父親として、息子・琉歌には日本語で話せるようになってほしい。
琉歌は、日本に生まれて2歳まで日本で育ったが、彼の第1言語は英語だ。
第1言語は Mother tongue(母の舌)と言うだけあって、
母親が英語ネイティヴであるから息子も第1言語は英語。
日本語は彼にとって第2言語だ。

バイリンガルのように、日本語も英語同様第1言語として習得してほしいのはやまやまだが、
1年半以上も離れて暮らしていたし、すでに4歳半になる。
彼の日本語は第2言語なのだという現実を、最近ようやく認めざるをえない、とわかった。
残念だが現実だ。
こっちは日本語でいろいろと質問するが、息子は英語で返事してくる。
ところどころで「それ、英語でなんていうの?」と聞いてくる。
こっちもついつい英語で説明してしまうから、嫌になる。
本当は「日本語を英語で教える」ことはしてはいけないと思う。
それは「日本語を日本語で教える」ことを自ら諦めてしまっているし、
言語はオールイコールでない所に文化差が学べるのも重要だと思うからだ。

「日本語は日本語で直接教え」たい。しかし第2言語として。
こんな無理難題を簡単に叶えてくれる日本語教授法などあるだろうか?

実はあるのだ。それが江副式 Visual Learning Japaneseだ。

これは新宿日本語学校の江副隆秀校長が発明した、
第2言語としての日本語の画期的教授法だ。
この教授法が革新的なのは「見てわかる日本語」を発明したことだ。
(たぶんつづく。。。)

JSL(Japanese as second language) and VLJ(Visual Learning Japanese)

I want my son to able to speak in Japanese. I do think so as Japanese dad.
He was born and grown up until 2 years old in Japan.But his native language is English because his mom is native English. I want him to be bilingual but we had been separate more than one year and half. He’ll turn in 5 years old in this year. These days, I realize his Japanese is second language. For example, I asked him something in Japanese but he answered me back in English. Sometimes he asked me “What do you say in English?”, and then I explained him Japanese in English. I hate myself!

I don’t think I should teach him Japanese in English. I shouldn’t give up to teach him Japanese. I must keep speaking to him in Japanese. In addition, it’s important that we can know about different ways to express something between different languages because we can learn different cultures, I suppose.

So, I want to teach or explain him Japanese in Japanese but as second language. Is there a method to realize my this unreasonable demand?

Actually, there is! That is “Visual Learning Japanese of Ezoe formula“.

This Japanese teaching method is invented by Takahide Ezoe who is principal of SNG, Shinjuku Nihongo Gakko(Japanese language institute). It is a revolutionary teaching method of Japanese as a second language. Why? Because he realizes “Japanese as Visual understanding”.

maybe to be continued…

  

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Remembrance Day

    今日、11月11日は、カナダではRemembrance Dayと言って、国のために戦争に従事した兵士たちを忘れないための日である。第一次世界大戦が終結した11月11日午前11時に、尊敬の意を込めて2分間の黙祷をする。とくだん戦争を美化したりするのではなく、ただただ国のために命を捧げた人々を忘れないように、敬意を表す日である。首都オタワでは、午前11時きっかりに国事として大々的なセレモニーが開催されていた。

「国の為に命を捧げた人々を忘れない」

というのは、とても大事なことだと思う。なぜならこれを引き金にして、戦争の悲惨さを忘れないよう、きっかけを与えてくれるからである。
    翻って、日本を鑑みるに、国事として、戦争に従事した人々を忘れないための日、というのはないのではないか。間違いを恐れずに言うならば、広島や長崎の原爆記念日は、それぞれ自治体が主体となって開催しているはずだし、英霊を祭る靖國神社は、中国や韓国からの政治的プレッシャーで、政治家はまともに公式参拝も許されない状況だ。

「国の為に命を捧げた人々を忘れない」
    これが許されない状況が何をもたらすか。教育現場を見ればすぐわかる。
    歴史の授業では、第二次世界大戦を含む現代史が、政治的外交的問題を含むので、学校の歴史の授業ではまず教えることができない。国事として、靖国神社の英霊を慰めるセレモニーは外交的に認められないので、学校で、靖国神社という国に従事した人々を祭られていることを語ることができない。結果としてどうなるか。若い世代は、戦争について知る機会がぐんと減る。戦争について関心がなくなる。忘れられる。そういう世代が次の社会の担い手になる。そうするとどうなるか。韓国や中国に対して好戦的になる状況も加えて、近隣外交の手段の一つに「戦争もやむなし」という世論も持ちあがる。結果、韓国や中国が外交カードとしての常套手段である「日本はナショナリズムだ」というものが裏目に出てはしまわないか。
    Kariの父Bobさんが、十数年間前に、広島のとあるダーツバーで30代の男性陣とダーツをして打ち解けてきたころ、原爆についてどう思うか聞いたそうだ。ところが彼らは「戦争や原爆については話したくない」と答えたそうだ。戦争は語り継がなければ忘れられる。韓国や中国は、そろそろ日本に靖国神社の公式参拝を認めるべきだ。さもなければ日本の若い世代はどんどん戦争について忘れていき、再び戦争もやむなし、という世論が形成されてしまう。
    ここカナダでは、今日の日、「国の為に従事した人々を忘れない」という教育が、保育園から教えられている。戦争について語る教育が行われている故に、戦争は起こしてはならないという世論が形成される確率が高くなるのではないか。

  

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大河

 8月27日から9月5日までの間、思いがけず急逝した父の葬儀のため一時帰国した際、幸いにも数人の旧友と再会できたが、ウィーンから来た知の巨人・Norっちゃんもその一人。料理が大の得意な彼は、上半身ハダカで汗だくの状態で作ってくれた、かぼちゃニョッキとトマトのオーブン焼き、見事なサーモングリル、そしてレタスサラダをワンプレートに盛り付けて出してくれた。もちろんデザートも手作りで、彼のお婆ちゃんのレシピだという、チョコレートショコラにジャムとホイップクリームでアイシングしたものは絶品‼︎ふだんは甘いものを食しない僕だが、美味い美味いとガツ喰いしてしまった。Norっちゃんはこれら複数品を短時間でいとも簡単に調理してしまう。Norっちゃんの奥さんのYoちゃんは幸せ者だ。

 しかしNorっちゃんとの楽しみはこれだけではない。
 毎回出してくれる旬の冷酒(この日は加賀鳶の純米吟醸酒だった!)もさることながら、いつも彼との深夜までに及ぶ議論につぐ議論。これが一番の楽しみである。この日は僕のカナダでの新生活に関することから始めた。例えばトロントで5月に起きた、性教育カリキュラムに反対する5,000人もの親たちによる授業のボイコットのこと、トロントのクレイジーな交通事情、日本の小中学校事情、日本の大学の狭い世界観など、互いの近況報告をかわきりに、議論は多岐にわたる。母性社会日本、甘えの構造、ハイコンテキスト・ローコンテキスト、話し手責任・聞き手責任、昔話の東西、ユング心理学、そしてやはり宗教の問題、仏法の相待妙・絶待妙について、弁証法の正反合は現実に成り立つか、等々。おしりのテーマ群はいつもNorっちゃんとは意見が真逆でガチンコ勝負。でもこの違いの感覚が僕にはうれしい。

 一般化するのはよくないが、日本人はおうおうにして共感型の会話をしたがるだろうが、僕は他人との差異を見ていきたい。もちろん共感もしたいからこの差異を、ギャップを埋めたいと思って議論も膝詰めともなるのだが。
 意見に「違い」のない人との議論はつまらない。もっというと意見の「無い」人と議論はなりたたない。よく妻のKariに「意見のない人は人間でないのと同じ」と言われたものだが、まっことその通りである。

 西欧史の権威である木村尚三郎の『新しい対話の時代』という本の中に「戦闘的対話のすすめ」なる内容があったと思うが、これは良書である。この本について日本のGoogleで検索してもほとんど情報がでてこない。いかに「対話」ということに関して日本では議論されてないのだろう、ということをうかがわせる。しかし地続きで国境を異にする国同士、多民族が共存する、多宗教が混在する国民同志では、対話という技術は必須ではなかろうか。このような世界に住む人々の間では、意見が「違うこと」が前提である。故に意見が「違うこと」は楽しむべきことである。なぜなら「違うこと」は発想の豊かさに触れるということだからである。カナダで新生活する者として、わが故郷日本にNorっちゃんのような議論巧者がいることはこの上ない幸せなことだ。こういうのを「真友」と呼ぶのだ。 

  どういう偶然だろうか、カナダへ帰る飛行機内では、宮本輝著『ドナウの旅人』を読んだ。宮本輝は日本で類いまれなるストーリーテラーだが、この小説も上下巻あるにもかかわらず一気呵成に読めた。なにかこう、惹きつけるものがある。
 「ドナウ河に沿って旅をしたい」と手紙を残し、夫を捨て、家出をした50歳の母・絹子、それを追う娘・麻紗子。西ドイツで再会したかつての彼・シギィ。そんな母と同行している若い男・長瀬。この奇妙な母と娘がなぜかドナウ河の流れに沿って旅をする。

 西ドイツ(当時)、オーストリア、ハンガリー、ユーゴスラビア、ルーマニア、ブルガリアと東ヨーロッパの風のにおいを嗅ぎながら、登場人物の心理、葛藤、愛の変化をめまぐるしく魅せていく。多民族、宗教、歴史、国境、イデオロギー、そういったものの違いを背負いながら、ストーリーは流れる。僕はNorっちゃんが育った大地とは、かくなるものかと想像しながら、感じながら読んだ。

 ドナウの旅人/宮本輝著

   

  Norっちゃんの中にも「大河」がある。
  さまざまな思想、さまざまな論争、さまざまな感情が流れている。
  その大河に一瞬でも触れたとき、すぐさま「真友」になれる。
  国を隔てて住むということは、寂寥感としか言いようのない感情が溢れる。
  悲しくてとてもやりきれないのである。

 悲しくてやりきれない/covered by Pushim

作詞:サトウハチロー
作曲:加藤和彦

胸にしみる 空のかがやき
今日も遠くながめ 涙をながす
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
このやるせない モヤモヤを
だれかに告げようか

白い雲は 流れ流れて
今日も夢はもつれ わびしくゆれる
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
この限りない むなしさの
救いはないだろうか

深い森の みどりにだかれ
今日も風の唄に しみじみ嘆く
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
このもえたぎる 苦しさは
明日も続くのか

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死者の弔いかた

仕事から帰ったある月曜日の晩。
運転中からガマンしていたトイレに駆け込んで用を足して
はあああ~と生きた心地になっていたところ、
Kariがチラシを持ってきて、
「これって、お葬式のこと?(Is this talking about funeral thing?)」
って聞いてきたのでそうだよって答えた。
チラシには「家族葬」と書いてあって、テレビ宣伝でも最近目にする
身近な者だけで集い合うタイプのもので、わりと今流行りのものではなかろうか。
「funeralだけどたくさんの人を呼ばずにat homeな感じでするやつだよ」
と説明してみた。
「なんでベッドがあるの?」
チラシにホテルのようなベッドのある写真があったのを、
彼女は不思議に思ったらしい。
日本のお葬式には、お通夜と本番葬儀の二つがあるけど、
その内のお通夜は、文字どおり夜通し死者と過ごすんだよ、
だから寝るところが必要なんだよ、って答えると
「Interesting! Interesting!」
面白い面白い、と言っていた。

その晩は他に話すことがあったので、彼女にってなにが面白かったのか
突っ込んでは聞かなかったが、
僕にとっては、彼女が面白いと思ったことが、面白かった。

そういえば以前にも、
日本の葬式とカナダでのfuneralの違いについて、
話したことがあったことを思い出した。

僕もこんな年なので幾つかの葬式に参加したことがあるが、
特に天寿を全うしたと思われるご老人の葬式はなんとなく明るい、
と思っているのは僕だけだろうか。
会場での葬儀が終わり、死者を火葬場に運ぶ。
ご家族ご親戚一行はバスで後追いする。
火葬場では、死者を火葬するのに数時間かかるので、
待合室みたいなお座席でお昼をとる。
そこではおにぎりや煮しめなど精進料理もどきが用意されており、
はたまた瓶ビールまであり、参加者一同お酌しあいながら、
ちょっとした「お席」が始まる。
「ありゃ、婆さんよう生きたわ」
「あの婆さん、きっついよお。」
「肺炎やったのに、どこそこからどこそこまで行商して、そら大したもんやった」
とか思い出話に花が咲き、時折あははははーと笑い声まで聞こえてくる。
「はい、それではそろそろです」
と係りの者が火葬が終わりそうだと告げると、
にやけて赤ら顔のおじさんたちが、黒背広の前ボタンをかけ直して
神妙な面持ちに代わる。。。
どことなく明るいなあと思うのは僕だけでしょうか。

一方、彼女から聞いたカナダでのfuneralは、
聞いただけでも暗さ、悲しさの色彩が強く残る。
火葬ではなく土葬ということもあってか、
死者が死体の形をしたまま土葬され埋葬されるので、
土の下に皮膚感覚の強い人間がまだそこにいるという感覚なのか、
葬儀が終わったら、できることなら死者の眠る場所には
再度訪ねることはしたくないそうだ。
有機体である死者はもちろん腐っていくので、
土の下でおそらくうじ虫をわかせ、腐臭を漂わせながら朽ちていくのは、
誰しもの想像の通りであろう。
死体がそこにある、といった感覚は、
ひょっとしたら生き返るかも、といった緊張感をもたらすのだろうか。
ホラー映画のジェイソンとかが生まれた背景には、
こういった土葬の風土があるからなのでしょうか。

もちろん日本にも死者にまつわる怪談的なお話は多々あるし、
カナダの葬儀にもクリスチャンだけでなく、
いろんな文化を背景にしたものがあるでしょうし、
そこにまつわる感情も人それぞれでしょう。

しかし日本のお通夜に見られるような、
身綺麗にされ納棺されたとはいえ、その死者と最後の一晩を過ごす、
という感覚は、上記のような感覚を持つカナダ人である彼女には、
奇異というか、不思議さというのを通り越して
「面白い、興味深い」
と言わせるしかなかったのではないでしょうか。

「火葬ーあっという間に灰になってしまう」
そういった風習が死者に対して
「死者ー最後のお別れ、夜通し過ごそう」
といった風土をつくり、
「死者ー身近なもの」
といった感覚を人々になんとなく持たせ、より抽象化されると
「死ー身近にあるもの」
といった死生観をこの島国の人たちに与えたのだろうか。

かたや
「土葬ーいつまでもそこにあるもの」
で実際あり、そんな緊張感が
「死者ーできれば遠ざけるたいもの」
といった感覚をつくり、
「死者ーできれば離れたいもの」
となる感覚がより抽象化され、
「死ーあまり見たくない」
といった死に対するイメージをもたらすのであろうか。

「近代は死を忘れた文明だ」
という人がいるそうだが、

「死を忘れる」

とは一体どういうこと何でしょうか?

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The 7 Habits of Highly Effective People

8/30の『完訳7つの習慣(The 7 habits of highly effective people)』を待ち切れず、旧訳を購入してやっと読み始めた『7つの習慣』。「読みにくい」なんて巷間で噂されていたが、そんな印象nothing!第一部からバンバン来る名文メッセージの数々。展開する理論に対して具体的事例が散在。

さっそく第一部を紐解くといきなり「Inside Out」の理論。これって日蓮仏法の「内外相対」やん!
第二部は「第一の習慣:主体性を発揮する(Be Proactive)」。そして次の文章、

「人間の本来の姿は、周りの状況に左右されず、その状況に作用を及ぼすことである。これは、自分の置かれた状況に対して自分の反応を選ぶことができるというだけではなく、自分自身を取り巻く状況そのものを自分で作り出すことができるという意味である。」P92
「Our basic nature is to act, and not be acted upon. As well as enabling us to choose our response to particular circumstances, this empowers us to create circumstances.」P75

これって日蓮仏法の真髄である「一念三千(Three thousand of realms in single moment in life)
」の哲理とピッタリくる話じゃないのっ!?

「一念三千」とは、中国の仏教僧・天台が、物語り、ストーリーとしての法華経(Lotus Sutra)からエッセンスを紡ぎ出し、瞑想修業する為の骨太な理論体系を作り出した。それを「一念三千」というのだが、私訳を恐れずに言うならば、

「自分自身の一念が変われば、自分を取り巻くすべての状況が劇的に変わる」

というものだ。この一点のために仏教徒は修業する。欲望を消滅させるためだとか、世の中の喧騒から離れるために出家するだとか、周りに振り回されないとか、消極的な自己修養のためだけに仏教はあるのではなく、自己を鍛え上げ、自分の影響力を自分の外にある状況に拡げていく。修業により鍛え上げられた自分の人格というものを前提にして、自分の妻や夫、子供たち、親、友人、職場の人、ご近所、コミュニティーにまで自分の善なるエネルギーによる影響力を拡げていく。より積極的に自分の取り巻く状況環境にコミトメントするのが仏教の、とりわけ法華経のエッセンスであるとするならば、この『7つの習慣』の著者・Dr. Stephen R Coveyは、仏教徒であると言えないか。

「Be Proactive(主体的であれ)」

とは、上記の法華経のエッセンスを現代風に訳した言葉に想えてならない。またこのエッセンスを

「Habits(習慣)」

として、溢れる情報社会に惑わされることなく、日々の生活に実践できるところまで落とし込んでいる手法がもの凄い。いわゆる「宗教」的な、あるいはたんなる自己啓発的な説得ではなく、あくまでも「習慣」という日常生活へコミットしやすい導入の仕方と、科学的手法で説明し、種々様々な人々の生活を変えていった具体的事例を散りばめながらストーリーテリングしていく様は、圧巻である。さらに彼の高い人格力が文章から芳香としてうかがい知れる。行間に愛と慈悲が溢れ出ている。まさに

「科学者の背広を着た、誇り高き宗教者である」

と言わざるをえない。
「科学なき宗教」は、知性も理性もない盲目的奴隷である。がしかし「宗教なき科学」は20世紀に原子爆弾を落としたように、悪魔の所業でしかない。その意味では

「科学者であり宗教者である」

Dr.Coveyのこの『7つの習慣(The 7 Habits of Highly Effective People)』はぜひ、多くの人に読んでいただきたい不朽の名作である。

「自己の一念が変われば、すべてが変わる」

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『7つの習慣』スティーブン・コーヴィー著

The 7 Habits of Highly Effective People by Stephen R. Covey

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休題閑話)日本のなかの無形財産③

日露戦争の終盤、
すでに国力の限界にきていた時節、
日本外交首脳部たちは
どうにかしてアメリカを介入させて
戦争を有利に終わらせたかった、
といわれます。
時の合衆国大統領は
セオドア・ルーズベルト。
日本人とはどういう国民なのか、
知りたがっていた大統領に、
彼のハーバード大の学友だった金子堅太郎か、
一関市出身の外交官高平小太郎か
だれが大統領にもたらしたのかは
詳しくはわかっていないそうですが、
いずれにせよ大統領に渡されたのは、
新渡戸稲造のあの

『武士道』

でした。大統領は、
「あ、これで日本人というものがよくわかった」
と調停役になってくれ
ポーツマスにて
講和条約が締結されました。
日本という国家は、武士道という
サムライ精神をもつ日本人によって
運営されているのだ、
という原理を知ったルーズベルトは
安心して仲介役を受けたといいます。

「武士道」

という薫り高き無形財産は、

国際社会に通用する日本人という原理
として大変有効だったのです。

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