①アニメ❷スタジオジブリ:宮崎駿の哲学

●プレゼンのきっかけ

日本のアニメというサブカルを紹介する上でかかせないと個人的に思っているのが「スタジオジブリ」のアニメ作品。なかでも一番認知度が高いのが「宮崎駿」監督でしょう。何度もリタイアしては現役復帰し、2013年上映の「風立ちぬ」の時も製作に5年かかったから、もう体力の限界、などと言って長編アニメーションを引退したと言っておきながら、2016年ごろにみごと(!)復帰、2020年現在進行形で「きみたちはどう生きるか」というファンタジー映画を作っています。鈴木敏夫プロデューサーによると、1ヶ月に1分間の動画ができる、つまり1年で12分間のアニメーションしか仕上がらない。もうすでに3年間費やしているので36分間の動画が作成完了。ということは完成まで少なくともあと3年はかかるという途方もない話。宮崎駿監督は現在78歳。なんというバイタリティー、なんという創作意欲でしょう。うちの継承語クラスで彼のことを紹介しない訳にはいかないでしょう。

では宮崎駿監督の何を紹介するべきか?僕は彼の創作意欲の源泉である「哲学」そのものを、映画の中から抽出して見せてみようと試みました。幸いにもYouTubeに「The Philosophy of Miyazaki」という上質な分析動画があるので、ここを踏み台にしてプレゼンを構成してみました。

●クラスの構成

①日本文化のプレゼン

ジブリアニメから濃厚に浮かび上がってくる宮崎駿監督の哲学。それを3つのテーマから見てみましょう。それは、

・自然

・女性

・平和

です。特に「トトロ」「ラピュタ」「ナウシカ」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」などの作品からこれらのテーマを追ってみましょう。

上の絵をクリックするとプレゼンビデオが視聴できます。

②新しい語彙

「善悪」「自然」「女性」「平和」「文明」「神」「災害」「尊敬」「共存」「汚す」の10個の語彙を導入。

「文明」「尊敬」「共存」などの抽象度の高い語彙も導入したが、テーマがジブリアニメなので、ビジュアルと英語を入れて、一発導入できたと思います。ビジュアルと生徒の母語のスキーマを利用すれば、難しい語彙も導入でき、サマリーではよりレベルの高い説明文を導入できる。語彙力が低いからといって、日本語の言語能力に合わせた幼稚な内容や文だけ使って授業しても、生徒の食いつきは低い。生徒の授業への食いつきを高めるためには、授業の内容がサブカルであることはとても重要です。内容への食いつきがあれば、使用文が少々難しくても、生徒はついて来ようとする。レベルにあった語彙導入および読解文の選択ではなく、「伝えたい内容」によって、サマリー文を作り、難しい語彙でもビジュアルで一発導入する。言語能力が伸びるのは「+α」の難しくも面白い内容がすべてだと信じています。

【語彙クイズ】

③サマリー

宮崎駿監督の映画哲学の中でも、一番の骨子だと僕個人が思っているものが、彼の次の言葉に凝縮しています。

「悪人を倒せば世界が平和になるという映画は作らない」-宮崎駿

これは2008年に「ポニョ」を上梓したときの記者会見で放った言葉です。北米文化に根強い「善悪論」から完全に脱却し、日本の風土から醸成された彼の哲学は、彼の「自然観」に立脚しています。

「スタジオジブリ:宮崎駿の哲学」のサマリー

「 ジブリは、他のアニメと何が違うのでしょうか?

北米の子供向けアニメは、(善と悪)をはっきり分けた『ヒーローズジャーニー』という物語が多いです。一方、ジブリの宮崎駿監督は『悪人をやっつければ世界が平和になるという映画は作りません』と言っています。彼の考えを「自然」「女性」「平和」という3つのテーマから見てみましょう。

私たちは(自然)にあるものを利用して、今の(文明)を作りましたが、昔から日本には、自然には(神)が宿るものと考えました。また台風や地震などの(災害)が多い日本では、自然をとても恐れました。このような考え方は、ジブリアニメにもたくさん描かれています。人間は今までさんざん自然を(汚し)、壊してきたのだから、自然のありがたさを感じ、もっと自然を(尊敬)しよう、そして、自然と人間が共に生きる(共存)が大事だ、ということを訴えてきました。

ジブリアニメは、ほとんど(女性)が主人公です。「ナウシカ」や「エボシ」などの強いリーダーや、働く女たちがたくさん出てきます。これは女性の強い社会が世の中を平和にするという考えがあるからです。

最後の(平和)というテーマは、いつもジブリアニメに出てきます。自然を壊して作られた、近代科学の恐ろしさや、非暴力の行動を、戦闘シーンで描いています。また、戦うシーンのない戦争映画「風立ちぬ」では、技術とは美しくあるべきだ、ということを強調しています。

「自然」と共存しようとする「女性」のリーダーシップが世界を「平和」にする、これがスタジオジブリの作る映画なのです。」

【サマリー】
【サマリークイズ】

④新しい漢字

「自」「然」「女」「性」「平」「和」の6つの漢字を導入。

まさにプレゼンの3つのテーマの語彙を導入漢字として採用しました。プレゼンから抽出されたターゲット語彙、そしてそのプレゼンの軸になるものからターゲット漢字を選ぶことは大切です。ただ教育漢字かどうか、つまり小学六年までに習う漢字なのかを見ることも大切ですし、使用頻度の高い漢字かどうかも見ていかなければなりません。

「自」・・・鼻の形から。中国でも日本でも、鼻を指して「じぶん」をあらわす。自分、自らなど。

「然」・・・肉、犬、火の形で、火で犬の肉をあぶることから「もやす」の意味と、音が同じ言葉の「そのとおり」の意味にも使われることに。当然、天然など。

「女」・・・膝をついて手を組む女の形から。女王、女の子など。

「性」・・・心、生の形で、生まれながらにして持っている心のことで、「生まれつき」「ものごとのさが」を意味した。性質など。

「平」・・・浮き草が水に浮いている形で、「たいら」を意味した。平和など。

「和」・・・イネと口の形で、イネがよく実り、人々が喜び合うことから「なごやか」「おだやか」の意味になった。調和、和室など。

●まとめ

うちのクラスの子らもすでにジブリ映画をかなり見て楽しんでいるようでしたが、今回のプレゼンのような宮崎駿監督の思想哲学からの分析というものを見聞きし、とても新鮮だったようです。物事の本質は、比較対照することでより違いが際立ち、何が本質なのかをうかがい知ることができるでしょう。その意味では、北米アニメとジブリアニメの比較から入った、ジブリアニメ論は、生徒たちにも充分響いたと実感しました。

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①アニメ❶アニメの進化

●プレゼンのきっかけ

去年、2ヶ月にわたって「漫画」文化について、クラスで勉強してもらい、かつ生徒たちにオリジナルのマンガを作ってもらいました。残念ながらコロナ・パンデミックの影響で、発表できる場を失いましたが、そのとき感じたのが、マンガ・カルチャーはとても深く、いろいろな角度で、生徒たちに学ばせるメリットがあるなあ、としみじみ思いました。その漫画の姉妹である「アニメ」もやるっきゃないなと思い、9月から今年一番のテーマに掲げ、3回シリーズでやってみようと思いました。

●クラス構成

①日本文化のプレゼン

英語で「Anime」と言えば、日本のアニメーションだとわかるくらい、欧米でも認知度が高くなってきた日本の「アニメ」。Netflixでもジブリ映画を始め、続々と日本のアニメがアップされてきました。日本のアニメは100年ほどの歴史ですが、調べてみると、いろいろな影響を受けてきたようです。今回のプレゼンでは、7つのポイントから、アニメの進化を見てみました。

プレゼン①アニメ❶アニメの進化
絵をクリックするとYouTubeへジャンプします。

②新しい語彙導入

「進化」「戦争」「物語」「影響」「東洋」「日常」「原作」「映画」「大人」「心理」の10個の語彙を導入。

【語彙クイズ】

難しい語彙になればなるほど、言葉の定義やコンセプトを伝えるのが困難になりますが、ビジュアル主体のプレゼンなら、テーマごとの文脈(コンテキスト)そのものから語彙を導入できるのがメリット。なので語彙を導入するときのビジュアルを選定するのに時間をかけます。絵を見て一発でターゲット語彙が理解できるように努めます。グーグルのイメージ検索を使って、文脈にあった語彙のイメージを選ぶ。しかし、ここにある「影響」という抽象語なら、思いきって英語の言葉をのせ、定義づけしてしまう。語彙を導入するときは、ビジュアルを選定する「ねばり」と、あっさりと英語で提示する「あきらめ」が肝心ですね(と自らをなぐさめる)。

また、語彙導入時、あるいは導入後、生徒たちに、新しい語彙の意味を言わせる訓練も重要だと思います。例えばここにある「日常」という言葉の意味を、日本語で頑張って説明させる。これはメタ言語(metalanguage)といって、ターゲット言語の能力を上げさせるのにとても重要です。

③プレゼンのサマリー

「アニメの進化」のサマリー

「日本のアニメはさまざまな(進化)をしてきました。

まず(戦争)に大きな影響を受けました。戦時中はプロパガンダとしてアニメが作られ、戦後はアニメや漫画の(物語)に強い影響を与えました。さらに、ディズニー映画の(影響)を強く受けた日本では1956年、(東洋)の映画、という意味の、東映アニメーションが作られました。一方、漫画の神様とよばれた手塚治虫が、虫プロダクションを作り、日本初のテレビアニメシリーズ「鉄腕アトム」を作って、子どもたちを夢中にさせました。1969年に「サザエさん」がテレビに出ました。これは50年以上も続いているアニメで、家族の(日常)を描いていて、今でも人気があります。1980年代になると「STAR WARS」の影響を受けたアニメは「宇宙戦艦ヤマト」や「ガンダム」「マクロス」など、宇宙やメカをテーマにしたアニメがたくさん作られました。

日本のアニメは、そのほとんどが漫画が(原作)です。特に少年ジャンプという漫画雑誌に出された「ドラゴンボール」「キン肉マン」「聖闘士星矢」「北斗の拳」などの漫画は、次々とテレビアニメとして作られ、今だに高い人気があります。1990年代になると(映画)としてのアニメが多く作られました。スタジオジブリの作品や「アキラ」は今や世界的に有名です。

最近は(大人)も楽しめるアニメが多く出されています。なかでも「Ghost in the Shell」や「エヴァンゲリオン」が人気で、心の苦しさや葛藤など、人の(心理)まで描いています。」

【サマリークイズ】

④新しい漢字

「進」「化」「原」「作」「映」「画」の6つの漢字。

「進」・・・之(しんにょう)と小鳥の形からで、小鳥が地面をスタスタ「すすむ」姿からできた字。行進、進学など。

「化」・・・人べんと死んだ人の形から、生きていた人が死んでしまって姿が「かわる」イメージから、「ばける」などの意味。化石、化け物など。

「原」・・・崖と泉の形からで、水が湧き出てくる「もと」という意味と、水が流れる「げんや・のはら」も意味した。原因、野原など。

「作」・・・人べんと作りかけの家の形で「つくる」をあらわす。作文、動作など。

「映」・・・太陽(日)と立っているえらい人の形で、えらい人が日の光で照り映えるというイメージから「光りかがやく、うつる、うつす」を意味した。上映、映すなど。

「画」・・・田んぼに境い目をつけた形からで、物事を「くぎる」「しきる」の意味になった。そこからさらに、上手にくぎって描かれた絵も意味するように。計画、画家など。

●まとめ

語彙の導入の説明でも書きましたが、言語学習がメインのプレゼンでは、あくまでもビジュアル資料が命です。アニメの「進化」という抽象語を言葉少なく概念提示するためには、ビジュアルで一発で理解させられるようなイメージを見せなければなりません。日本のアニメーションがどのような「影響」を受けてきたのか、という抽象語は、繰り返し繰り返しプレゼンの「文脈」で意味を浸透させられるような、シカケが必要です。そのためには「アニメ」という、子どもたちにわりかし受け入れられやすいテーマを選ぶことが大切ですし、日本文化をも学べる内容選定も重要になってきます。教科書的な語彙導入は学習意欲を刺激しないでしょう。その意味では、サブカルチャーを語学学習の教材に選ぶことは、とても意義のあることだと実感しています。

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日本語継承語クラスのオンライン化

2020年は、世界の現代史的にとって、エポックメイキングな年となりました。

トロントでは3月にロックダウンとなり、うちの継承語学校もシャットダウンされ、授業はメールで宿題を送るパターンに入りました。

ぼくのクラスは、以前からしたかったGoogle classroomを使っての授業に切り替えました。その後、Zoomで教師会を続ける中、Google classroomを使う是非が問題になりました。ぼくはすでにGoogle Classroom(以下、GCと略)での授業を実施していたので、GCの活用を強く推薦しましたし、どのように使うのかを教師会でプレゼンもしました。それでもGoogle Classroomを使うことに慎重論も多かったのですが、9月からの学校再開は断念され、継承語学校のオンライン化は避けられなくなりました。

僕はここぞとばかりに、Googleで一本化しよう、Google ClassroomとGoogle Meetでオンライン授業をしましょう、と訴えましたが、Meetの動画クオリティが低いということで、オンラインクラスはZoomですることになり、Google Classroomは学校側で一括運用できるよう、法人としてGoogle Suiteが認定されるまで使用をストップすることになりました。

個人的には全く納得できなかったので、以下のようなプランを実施することに決めました。

●週末土曜日の3時間を4コマに時間割り(一コマ40分、10分休憩)

●①②④限目をZoomオンラインクラス

●③限目をGoogle Classroomで自習させる

●宿題もGoogle Classroomで提出・採点

①限目、日本文化のプレゼン(Zoom)

②限目、10個の語彙導入(実際にはプレゼンで導入済なので語彙のチェック)と、プレゼンのサマリー文を理解させ音読させる(Zoom)

③限目は自習、語彙クイズ、サマリークイズ、音読録音提出(Goolge Classroom)

④限目は、漢字小テスト、新しい漢字6つ導入、絵漢字クイズ(Zoom)

もともとわがクラスでは、iPadをプロジェクターに接続して、自前で作ったJPGファイルを見せて授業展開していたので、全ての教案教材はGoogle Driveがファイル保存先でした。また、Google Classroomは、DriveからJPG、PDFや音声ファイルなどの添付、YouTubeの動画などを貼り付けることができるので、ぼくのクラスはすでにオンラインできる仕組みになっていました。

授業内容は、サブカルチャーを中心にした日本文化をビジュアルプレゼンをする。そのプレゼンで使われた中から10個の語彙を抽出して、語彙理解のチェックをし、そのターゲット語彙が含まれたプレゼンのサマリー文を音読させる。

自習では、一枚の紙に、10個の絵と語彙をマッチングさせる語彙クイズ、その10個の語彙を、虫食いになったサマリー文に当てはめるサマリークイズ。そしてサマリー文の音読を録音させ、できた音声ファイルをGC内で提出させる。

漢字クラスは、10個の語彙の中から6つの漢字を抽出(二字漢字がメイン)、漢字の語源となる絵から漢字の形と意味を理解させ、その絵をたよりに漢字をあてるクイズ、導入語彙の絵から該当漢字を書かせるクイズにつなげていく。

宿題は、語彙クイズ(10点)、サマリークイズ(10点)、漢字6つのドリル(6点×漢字6つ=36点)(うんこ漢字ドリルを使用)、メディア読解(44点)の6枚で100点満点。このうちメディア読解とは、その回のプレゼンに関連するYouTube動画で、かつ使用言語が英語であるものを生徒たちに見てもらい、それについて3つのブロックに分けられた質問に、日本語で答えてもらうというものだ。すなわち、①「何について」「どのように」動画では話されていたか、②「何が一番面白いと思ったか」「なぜ面白いと思ったか」、③「メディアで聞いた言葉を日本語で書く」「その言葉の意味を書く」、というものだ。採点の比率を圧倒的に最後のメディア読解に求める。これは継承語として一番弱い「書く力」「日本語で考える力」をフォローさせるため。

以上、駆け足的に、授業と宿題内容を説明させてもらいましたが、カナダに住む彼らの継承語を厚くサポートするには、やはり「おもしろい教材」が必要だと日々実感していました。故に、日本で使っている「国語」の教科書は、生徒たちの好奇心、学んでみようという意欲を、全く刺激しないのではないかと、懐疑的でした。また、カナダに住んでいて、ただ日本語を学ぶのではなく、日本の文化が学べるプログラムが必要だとも痛感していました。それなら、自分でプログラムやカリキュラムをうちたて、教科書、教材、宿題までも一貫して作成していかねば、との思いで、試行錯誤のすえ、以上のような「型」ができました。これからもこの「型」を鍛えていかなければならないのは当然ですが、この「シン・ニホン語クラスの型」をベースに、生徒たちの継承語と日本文化への好奇心をサポートしようと思います。

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絵本づくり(06)多神教的ストーリーテンプレートの必要性

前回話した

「勧善懲悪型ストーリー」

は、キリスト教的なメッセージからできたエンタテインメントだと思う。なぜなら善と悪を二分するところが根源だからである。この根源から出た物語を西洋的エンタテインメントだとしたら、その反対には東洋的なエンタテインメントがある。その根源の違いは何かと言えば、一神教か多神教か、だと思う。

神は一つであり、一人であるという考え方と、神はたくさんいる、あまたいるという考え方に、どんな違いを僕たちの生活にもたらすかといえば、

生きる希望を僕たちの外におくか、内に置くか

であろうか。「神」という概念を「この世で一番尊いもの」と訳せば、一神教では「この世で一番尊い」絶対者は神一人であり、多神教ではすべてのものに等しくある生命ということになる。

批判を恐れずに要約すれば、一神教では、生きる希望は神一者のみに委ねられ、多神教では、すべての生きとし生ける者が希望の体現者になれるのである。

また、多神教から生まれる物語は、一神教の物語にない、今のわれわれにとって新鮮な物語をもたらすだろう。

前回、ジブリの宮崎駿監督が創ってきた物語は、そのアイディアの源泉を日本の昔話や民話から得たことを書いたが、例えば、『ナウシカ』は堤中納言物語収録の「虫愛づる姫君」、『トトロ』は笠地蔵、『もののけ姫』は製鉄民の伝承、『千と千尋の神隠し』は鉢かづき等、宮崎監督は、ことあるごとに多神教の土壌から生まれたオールドストーリーを発想の根源にしている。これは、新しい物語を創る大きなヒントだ。

一神教的な物語は、もはや限界が来ているんじゃないかと思う。一神教的な物語とは、勧善懲悪型のストーリーで、善が悪をうち負かすヒーロー型ストーリーのことだ。グローバル化がすすみ、多文化共生が啓蒙されていく中、一方が善で、一方が悪というストーリーは、21世紀に生きる子供たちには、もはやそぐわないのではないかと思う。

新しい時代の子供たちが読む物語は、みなが神で、みなが悪魔で、自分の中の悪魔と戦い、あるいは人の中の神を招き寄せ、チームを作り、目の前に王国を創る、そのようなストーリーテンプレートが大切になってくるのではないか。

伊藤若冲のパクリです(笑)

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絵本づくり(04)絵本=エンタテインメント+思想哲学(その2)

僕がつくる絵本はまずはエンタテインメント。子供たちにとことん楽しんでもらうもの。しかしその奥には秘められたメッセージがある。哲学がある。その哲学とは何か。僕にとってはそれが東洋的叡智たる仏法だ。なかんずく日蓮仏法であり、その真髄は、

全ての者が「仏=自分の可能性を開き、自分にもともと備わっているものを使い、自分自身を蘇らせられる者」になれる、

である。こんなエンタテインメント絵本をどうやって創るか。

前回述べたように、僕のエンタメ絵本は、子供たちに伝えたい思想哲学(メッセージ)があるが、それを直接語りはしない。物語全体に散りばめるのである。さて、思想哲学はどのようにエンタテインメントたりえるか?ヒントは、ジブリの宮崎駿監督にある。彼のような鬼気迫る努力の天才には、爪の垢ほどにもなれるはずもないが、彼の物語創作法に学べるものはあるはずである。

だれもが周知のとおり、宮崎監督が創る物語は、どれもエンタテインメント性がとても高く、またたくさんのシンボリズム、深い思想性がある。彼の物語の源泉はというと、世界各地の古代の神話や伝説、特に日本の昔話や伝承によると言われている。これらオールドストーリーは、どれも一神教が世界に普及する前の、多神教的な土壌から出てきた物語で、教条的なものが少なく、人々の想像性を豊かにするものばかりだ。「多神教」いう言葉が出てきたが、とどのつまり、あらゆるところに神々がいる、という思想だ。これは仏法が想定する「全ての者に仏性がある」という哲学と親和性が高い。『千と千尋の神隠し』はまさにこの多神教、よろづの神々がくる湯屋を舞台にしていて、さまざまなものに生命を宿し、物語を紡いでいる、想像性豊かなエンタテインメントになっている。まとめると、

  • ①多神教的オールドストーリーを根拠とする
  • ②エンタテインメント性の高い物語で、
  • ③「全ての者に仏性がある」というメッセージを散りばめる

これが僕の「想像力が爆発する絵本」の条件となるだろう。

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絵本づくり(05)多文化共生とフェミニズム時代のストーリー

前回述べた「想像力が爆発する絵本」 の条件とは

  • ①多神教的オールドストーリーを根拠とする
  • ②エンタテインメント性の高い物語で、
  • ③「全ての者に仏性がある」というメッセージを散りばめる

この3つ。では、次にこの条件を取り入れて、物語を「大量生産するための型」が必要になる。まあ、いわばストーリー・テンプレートなるものだ。北米では、ハリウッド映画やTVショー、Netflixなど、ストーリーを消費できる媒体がたくさんあるのだが、そのストーリーを創るテンプレートとして有名なのが「ヒーローズ・ジャーニー」なるものだ。これはもともと神話学の権威ジョーゼフ・キャンベルの理論から展開されたもので、彼の神話の型理論を研究して脚本を書き、世界的に有名になった映画がジョージ・ルーカスの「スター・ウォーズ」だ。それ以来、「ヒーローズ・ジャーニー」は北米エンタメ界ではテッパンの如くもてはやされているが、僕個人的には、この北米のストーリー文化がなんとなく気に入らない。キャンベル自体の理論および考え方は大好きで、かれの『神話の力』という対談集を読むと、いつも触発されるのだが、北米エンタメ界のストーリーテンプレートは、僕の物語の考え方からするとどうなのかと思ってしまう。それは子供向けの北米映画を見たとき、如実に思う。その特徴は、

「勧善懲悪型のストーリー」

の一点だ。うちの息子が映画を見に行き、うちに帰って、見た映画のストーリーを祖父母に説明するとき、必ず「bad guys(悪いヤツら)」という代名詞で説明しているのを耳にする。子供向けなので、善悪くっきり分ける物語の方が分かりやすいのはそうなのだが、それにしても北米文化では善悪二元論が根深い。僕が育った「キン肉マン」や「ドラゴンボール」では、確かに悪役はいるが、戦ったあと、その悪役と主人公が友達になるケースが少なくない。つまり「悪」は「善」になる可能性をもっている。ところがここ北米では「悪」はどこまでいっても「悪」で、必ず「善」に攻め滅ぼされなければいけないことになっている。ここに差別や偏見の温床を見るのは僕だけだろうか。

また、善悪二元論ストーリーは、ヒーローズ・ジャーニーといわれるだけあって、男性的父権的なメッセージがたくさんつめこまれている。男女共同参画社会が謳われている現代社会にあって、ヒーローズだのと言って、「男らしく」「女らしく」ジェンダー(性差)を育てていくのはおかしな話で、フェミニストたちが訴えるが如く、ジェンダーフリーの文化を構築していく必要性がある。それじゃあヒロインズ・ジャーニーを作ればいいという意見があるが、これはヒーローズの焼き直しで、善が悪を滅ぼす構図は変わらず、多文化共生時代にそぐわない。多文化共生やフェミニズムが世界的な大きな潮流を起こしている現代で、善悪二分化なり、男性的父権的なメッセージは、21世紀を生きていく子供たちにはまったくふさわしくないというのが僕の考えである。これからのストーリーは、その登場人物は善悪混合でより生身の人間らしくあるべきだ。そして21世紀にふさわしいジェンダーフリー文化を再構築していくため、多文化共生やフェミニズムの土壌から産まれるストーリーテンプレートが必要とされるのではないか。

まとめると、21世紀に生きる子供たちに贈るストーリーのテンプレートは、

  • ①善悪二元化ではなく善悪混合のキャラクターである
  • ②ジェンダーフリー文化を再構築する
  • ③多文化共生を想起させる多神教的ストーリーである

こういったものが良いのではないか。

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絵本づくり(03)絵本=エンタテインメント+思想哲学(その1)

僕が作りたい絵本のコンセプトは、

「想像力が爆発する絵本」

だ。この意は2つあって、1つは、絵本を作る側の僕の想像力が爆発すること。もう1つは、僕の絵本に刺激されて、読む子どもたちの想像力が爆発すること。

絵本とは、まずは「エンタテイメント」だと僕は思う。人は産まれてしばらくすると、ずうっと物語を楽しむ生き物になるのではないか。子どもから青年少女、大人からご老人になるまで、人間ならみな物語を楽しむ生き物なのではないか。絵本から始まり、マンガ、小説、アニメ、音楽、映画、テレビドラマ、お笑い、新聞、ニュース、時事解説、雑誌、格闘技観戦、SNS、YouTubeなど、人はみな何かしらの媒体で何かしらの物語を日々消費して楽しんでいる。この僕たち人間の性質から考えると、僕たちが最初に触れる物語のひとつであろう絵本も「楽しむため」にあるはずだ。だとすれば、絵本の第一条件は「エンタテイメント」であるべきだ。

またもう一方で、絵本づくりにあたって、大切なのは、何を訴えたいか、何を伝えたいか、であろう。自分の子どもたちに、自分の読者に、どんなメッセージを受け取ってもらいたいのか。絵本作家はどんな思想哲学を語るのか。何を伝えるのか。

この二律背反のような2つの条件を科学反応させて、創造的に作る絵本こそ、僕が作りたい最たるものだ。ちょっと一見硬派な思想哲学を、エンタテインメントという衣に包んで揚げて、食べてもらいたい。僕がつくる絵本はまずはエンタテインメント。とことん楽しんでもらうもの。しかしその奥には秘められたメッセージがある。哲学がある。これをどうやって実現するべきか。ここはおおいに悩むところ。

自分の例で申し訳ないのだが、僕が以前息子の6歳の誕生日のために創った絵本を取り上げさせて頂きたい。息子が6歳になる前後、妻のお腹には女の子が宿っていたのだが、妻と僕が息子に妹ができると告げたとき、少し複雑な表情を浮かべていたことが気になった。6歳になる前だから、妹ができるといわれてもまだわからないということもあっただろうが、うがった読み方をすれば、今まで母と父を独占していたのに、邪魔者がはいるじゃないか、という嫉妬心もあったのではないかと思い、『ぼくにいもうとができる』という絵本を創った。この本のシンプルなメッセージは、息子よ、君に妹ができるから、お兄ちゃんとしてできること頑張ってね、というものだったが、絵本の中ではそうは語らず、絵本の中の息子が、妹のできることを想像して、ロボットのようなパワードスーツをゲットして、そのスーツを使って妹赤ちゃんを守る、という設定にした。この絵本が功をそうしたのか、6歳差があるからなのか、息子は妹思いの面倒見のよいお兄ちゃんに育ってくれている。

この『ぼくにいもうとができる』のように、いちばん伝えたいメッセージを直接書かずに、絵本の絵を6歳男子が好きそうなロボットものにし、エンタメ性を前面に押し出して、ストーリー全体にメッセージを染み込ませるようにしかけると、メッセージはよりいっそう息子に届くのではないか、というのが僕のねらいだった。まとめると、

  • ①思想哲学(メッセージ)は直接語らない
  • ②エンタメ性の高い物語全体がメッセージを語る
  • ③物語は言葉ではなく絵が語るようにしかける

これが僕が理想とする「想像力が爆発する絵本」だ。

『ぼくにいもうとができる』

ちなみにこもハンドフルマンは千手観音像からモチーフをもらった。

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絵本づくり(02)創造的なアイディア

「絵本づくりを生業にできないか?」

というアイディアは、僕の「創造的な生活」というコンセプトを満たしてくれるのではないか。そう思い始めて、次に考えたのは、絵本の物語をどのように紡ぎ出せば良いのかだった。どのように

「創造的なアイディア」

を汲みだせばよいのか、だった。

表現者なら、いつ如何なるところでも、創造的なアイディアが湧き出てほしいものである。その創造的なアイディアとは、どんなもので、どこから湧き出るのか。どのような思想哲学から湧き出てくるのか。こういったことを明らかにしていくことは、これから僕が絵本を作るにあたって、僕にとっても、僕の読者第1号である僕の息子、そして今、読者第2号になる娘にとっても、とても大事なことのように思う。故に、僕がどのようなところに立って、どのような考えでもって、どのような絵本を作り続けて行くのかを述べていみたい。

僕は自称・仏教徒だ。でも本当はそうではない。仏教徒というのは本来、仏法の実践ー座禅や瞑想、唱題ーをして初めてそう名乗れる。その意味では僕はエセ仏教徒なのだが、そう名乗るのは、カナダにいるときには、なんとなくすわりがいいからだ。なぜなら仏教徒はこちらではまだ一般的ではなく、かつ人々のオリエンタリズムを刺激するのかもしれない。よく物事に動ぜず、静かながらも自分を持っている人のことを「あの人はZenだ」みたいな表現を英語でする。これはおそらく鈴木大拙が西洋で広めた禅から来ているイメージだと思う。仏法はそれほど静かで平和的なイメージがカナダにはある。

しかし僕がもつ仏法のイメージは、もっとダイナミックで創造的で力強い。僕が信奉する日蓮という13世紀の辻説法僧は、

「自分自身の中にある仏に帰命しなさい」

という趣旨の題目「南無妙法蓮華経」を唱えよ、と説いた。そうするとどうなるか。マンガチックに説明すると、この題目を唱えれば、自分の心の扉が自動的に開き、その中の仏が顔を出し、どのような難問も解決できる智慧を絞り出してくれるのだ、という。日蓮は天台教学の最高峰である

「一念三千」

という法門を説く。これを現代風に意訳すると、

「自分が変われば、すべてが変わる」

となるかもしれない。日蓮は

「自分自身を信じろ」

という仏法を説いた。

「自分自身の中に仏がいるのだ」

と再三再四述べた。故に人間の外にいて救済してくれる阿弥陀如来や大日如来の他力本願的な仏教イメージを徹底して批判した。あなたは外から救われるのではない、あなた自身があなたを救うのだ。救済されるな、救済しろ、と。この仏法者のメッセージは、すべての人々に届く。歳をとり空虚な老人たち、行き詰まりを感じている大人たち、将来に夢を持てない若者たち、いじめに苦しむ学生たち、自分に自信が持てない子どもたち。すべての悩み苦しむものに届けられるメッセージ。この思想哲学を絵本にして読む人々の心に温かいともしびをともせないか。この日蓮が説く仏法を土台にして、新しい絵本が作れないか。彼のメッセージを僕なりに汲み取って、創造的なアイディアが湧き出てくるのではないか。絵本にこの哲学(メッセージ)をこめる。

「自分が変われば、すべてが変わる」と。

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絵本づくり(01)創造的な生活

世界は今、目に見えない敵と戦っている。

その戦い方はとても地味で、ここカナダでは、国は国家非常事態宣言をし、医療や食料以外の、生活上エッセンシャルでないビジネスは封鎖命令され、人々は外出制限もしくは禁止されつつある。家族はみな外に出られないストレスにさらされるが、僕といえば、ここぞとばかりに僕が温めてきたアイディアを実行しつつある。社会的隔離は、僕にとって絶好の機会だ。

どういうことかというと、僕は

「創造的な生活」

に憧れている。まあ、アーティスト気取りなのだ。アーティストが物事を創るには、孤独な空間が必要だ。外出禁止という世界的な狂気の時流の中で、僕はワガママながら、自分自身の創造性を発揮することしか考えていない。

まず、日常生活を送るに連れて忘れがちなのは、僕たちにとって「大切なことはなんだったのか」ということだろう。

毎日のルーチン、僕だったら、朝ご飯の用意をし、息子の弁当をつくり、息子を学校に連れていき、娘の世話をし、娘に絵本を読んでから昼寝させ、週末の日本語学校の教案を作り、息子を学校に迎えにいき、晩ご飯を作って食べさせ、子供達を妻とともに寝かしつけ、電子書籍を読む。

このような日常のルーチンに埋没していくと

「僕の本当の使命はなんだったのか」
「僕のライフワークは何だったのか」

をつい忘れてしまいがちになる。そのような時に、僕は自分自身に問いかけなければならない。

「僕が本当にしたい事は何だったのか」と。

僕が本当にしたいことは、いつも

「創造的な生活」

をすごしていることだ。
僕なりに「創造的な生活」の定義があって、

創造的なアイディアをもとに、
創造的な生産活動をし、
創造的な作品を作る。

である。何かしら表現したいのだ。

「創造的」というキーワードは僕の日常にとって強烈なアンチテーゼだ。
なぜなら僕は日常に埋没して創造性を発揮してないからだ。

自分が創造的になれる瞬間はある。そりゃ、誰でも創造的な源泉は持っているはずだ。でもその源泉を掘り起こし、手入れし、メンテナンスしなければ、泉は朽ち果てしまう。

冒頭の日常生活のルーチン云々はこのことである。創造的になる為には日々生産活動をしなければならない。
あのパブロ・ピカソは、80年間にわたる芸術活動の中で、なんと147,800点もの作品を作ったという。単純計算すると、年1,800点、1日平均5点もの作品を作り続けたことになる。驚異的な数字だ。現代アートの天才も、日々生産活動をし、自らの源泉を刺激し続ける根気を持って初めて創造的になり得たのだと思う。

僕にも創造的な瞬間はかつてやってきた。息子ができた時だ。絵本を読んであげると、表現は悪いが、子犬のように喜んでくれる息子を見るにつれて、僕も息子に何か残してあげたいという表現欲のようなものが強くなった。この世に生を受けた息子には、すくすく育ってほしいとともに、創造的な考えを持ってほしい。

息子は日本に生まれて今、カナダで生活している。フェミニンで強い、カナダ人らしい価値観を持つ聡明な母と、我の強い、えせ合理主義者の封建的な父親の僕にしごかれる、ユニークな環境に身を置く息子。

カナダに住んでいる以上、カナダ的価値観は容易に学べるが、日本的文化を楽しく学べる場が少ない。それで息子に「絵本」を作り始めた訳だが、この絵本づくりが思いのほか面白く、そして難しい。なんせ絵本の世界は奥深い。とにかく、自作の絵本で、カナダにいながら、息子に日本的価値観なり、美意識なりを伝えていけるのではないか、というのが僕の絵本作りの原点だった。そして僕の「創造的な生活」というコンセプトも満たしてくれる。そして少しずつ考え始めた。

「絵本づくりが生業にできないか?」と。

〈つづく〉


創造的になれるボタンがあるならいいですね。

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絵本づくり⑴はっけよい、のこった

実は自分の息子のために、今まで何冊か絵本を作ったことがあります。

子に絵本を読み聞かせるということが、
なんと貴重な体験で微笑ましいことなのか、

実感し続けていたころ、妻と息子と本屋に行って、

よく絵本を立ち読みしていたことがありました。

次、どんな絵本を読ませようか、

いろいろ物色していた中、見つけたのが、

林明子作『こんとあき』。

ほのぼのとした中に暖かさのある絵本で、

本屋で思わず泣いてしまった思い出のある絵本です。

子ができ、親になり、息子のオムツを替えたり、

抱きしめてあげるようになると、どうも涙腺が弱くなるのでしょうか。

また、絵本を読んであげると、

顔をしわくちゃにして喜んでくれる息子を見ていると、

絵本体験というものが、とても愛しくなってくるものです。

そうなると、

いっそのこと自分で思い描いたものを絵本にして作ってしまえ、

ということになり、息子のために絵本を作り始めることになったでした。

絵本を作るといっても、

なにをどう始めてよいのやら、わからなかったので、

とりあえず絵本づくりの教科書が必要だと思い、購入したのが、

長谷川集平著『絵本づくりトレーニング』でした。

実に実践的で、体系的に絵本づくりの理論がよくまとめ上げられた本で、

特に「絵本のページをめくる効果」について力説している本でした。

そこでページをめくるごとに、登場人物の動きが感じられるものにしたいと思い、

さっそく作ってみたのが『はっけよい、のこった!』でした。

これはiPadのクレヨンアプリを使って、iPad上に指で描いたものです。

言葉は擬音だけにして、2人の力士が相撲を取る。

そしてページをめくるたびに力士たちが動き、話が展開していくというやり方をとりました。

しかし、いかんせんページ数が多すぎました。

絵のページと擬音のページを分けてしまったので、

いたずらに冗長的になってしまい、荒削りで洗練されていませんでしたが、

言葉を最少限度にして、絵だけで話を伝え、めくる効果によって絵が動く、

という目的は達成できたのでは、と思います。

2013年の冬のクリスマスプレゼントとして息子に贈りましたが、

とっても喜んでくれました。

絵本づくりは、意外に難しいことだとよく分かりましたが、

また同時にとても楽しいことだと思いました。

そしてこれが病みつきになり、2作目を作り始めたのです。

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