●プレゼンのきっかけ
日本のアニメというサブカルを紹介する上でかかせないと個人的に思っているのが「スタジオジブリ」のアニメ作品。なかでも一番認知度が高いのが「宮崎駿」監督でしょう。何度もリタイアしては現役復帰し、2013年上映の「風立ちぬ」の時も製作に5年かかったから、もう体力の限界、などと言って長編アニメーションを引退したと言っておきながら、2016年ごろにみごと(!)復帰、2020年現在進行形で「きみたちはどう生きるか」というファンタジー映画を作っています。鈴木敏夫プロデューサーによると、1ヶ月に1分間の動画ができる、つまり1年で12分間のアニメーションしか仕上がらない。もうすでに3年間費やしているので36分間の動画が作成完了。ということは完成まで少なくともあと3年はかかるという途方もない話。宮崎駿監督は現在78歳。なんというバイタリティー、なんという創作意欲でしょう。うちの継承語クラスで彼のことを紹介しない訳にはいかないでしょう。
では宮崎駿監督の何を紹介するべきか?僕は彼の創作意欲の源泉である「哲学」そのものを、映画の中から抽出して見せてみようと試みました。幸いにもYouTubeに「The Philosophy of Miyazaki」という上質な分析動画があるので、ここを踏み台にしてプレゼンを構成してみました。
●クラスの構成
①日本文化のプレゼン
ジブリアニメから濃厚に浮かび上がってくる宮崎駿監督の哲学。それを3つのテーマから見てみましょう。それは、
・自然
・女性
・平和
です。特に「トトロ」「ラピュタ」「ナウシカ」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」などの作品からこれらのテーマを追ってみましょう。
上の絵をクリックするとプレゼンビデオが視聴できます。
②新しい語彙
「善悪」「自然」「女性」「平和」「文明」「神」「災害」「尊敬」「共存」「汚す」の10個の語彙を導入。
「文明」「尊敬」「共存」などの抽象度の高い語彙も導入したが、テーマがジブリアニメなので、ビジュアルと英語を入れて、一発導入できたと思います。ビジュアルと生徒の母語のスキーマを利用すれば、難しい語彙も導入でき、サマリーではよりレベルの高い説明文を導入できる。語彙力が低いからといって、日本語の言語能力に合わせた幼稚な内容や文だけ使って授業しても、生徒の食いつきは低い。生徒の授業への食いつきを高めるためには、授業の内容がサブカルであることはとても重要です。内容への食いつきがあれば、使用文が少々難しくても、生徒はついて来ようとする。レベルにあった語彙導入および読解文の選択ではなく、「伝えたい内容」によって、サマリー文を作り、難しい語彙でもビジュアルで一発導入する。言語能力が伸びるのは「+α」の難しくも面白い内容がすべてだと信じています。
【語彙クイズ】
③サマリー
宮崎駿監督の映画哲学の中でも、一番の骨子だと僕個人が思っているものが、彼の次の言葉に凝縮しています。
「悪人を倒せば世界が平和になるという映画は作らない」-宮崎駿
これは2008年に「ポニョ」を上梓したときの記者会見で放った言葉です。北米文化に根強い「善悪論」から完全に脱却し、日本の風土から醸成された彼の哲学は、彼の「自然観」に立脚しています。
「スタジオジブリ:宮崎駿の哲学」のサマリー
「 ジブリは、他のアニメと何が違うのでしょうか?
北米の子供向けアニメは、(善と悪)をはっきり分けた『ヒーローズジャーニー』という物語が多いです。一方、ジブリの宮崎駿監督は『悪人をやっつければ世界が平和になるという映画は作りません』と言っています。彼の考えを「自然」「女性」「平和」という3つのテーマから見てみましょう。
私たちは(自然)にあるものを利用して、今の(文明)を作りましたが、昔から日本には、自然には(神)が宿るものと考えました。また台風や地震などの(災害)が多い日本では、自然をとても恐れました。このような考え方は、ジブリアニメにもたくさん描かれています。人間は今までさんざん自然を(汚し)、壊してきたのだから、自然のありがたさを感じ、もっと自然を(尊敬)しよう、そして、自然と人間が共に生きる(共存)が大事だ、ということを訴えてきました。
ジブリアニメは、ほとんど(女性)が主人公です。「ナウシカ」や「エボシ」などの強いリーダーや、働く女たちがたくさん出てきます。これは女性の強い社会が世の中を平和にするという考えがあるからです。
最後の(平和)というテーマは、いつもジブリアニメに出てきます。自然を壊して作られた、近代科学の恐ろしさや、非暴力の行動を、戦闘シーンで描いています。また、戦うシーンのない戦争映画「風立ちぬ」では、技術とは美しくあるべきだ、ということを強調しています。
「自然」と共存しようとする「女性」のリーダーシップが世界を「平和」にする、これがスタジオジブリの作る映画なのです。」
【サマリー】
【サマリークイズ】
④新しい漢字
「自」「然」「女」「性」「平」「和」の6つの漢字を導入。
まさにプレゼンの3つのテーマの語彙を導入漢字として採用しました。プレゼンから抽出されたターゲット語彙、そしてそのプレゼンの軸になるものからターゲット漢字を選ぶことは大切です。ただ教育漢字かどうか、つまり小学六年までに習う漢字なのかを見ることも大切ですし、使用頻度の高い漢字かどうかも見ていかなければなりません。
「自」・・・鼻の形から。中国でも日本でも、鼻を指して「じぶん」をあらわす。自分、自らなど。
「然」・・・肉、犬、火の形で、火で犬の肉をあぶることから「もやす」の意味と、音が同じ言葉の「そのとおり」の意味にも使われることに。当然、天然など。
「女」・・・膝をついて手を組む女の形から。女王、女の子など。
「性」・・・心、生の形で、生まれながらにして持っている心のことで、「生まれつき」「ものごとのさが」を意味した。性質など。
「平」・・・浮き草が水に浮いている形で、「たいら」を意味した。平和など。
「和」・・・イネと口の形で、イネがよく実り、人々が喜び合うことから「なごやか」「おだやか」の意味になった。調和、和室など。
●まとめ
うちのクラスの子らもすでにジブリ映画をかなり見て楽しんでいるようでしたが、今回のプレゼンのような宮崎駿監督の思想哲学からの分析というものを見聞きし、とても新鮮だったようです。物事の本質は、比較対照することでより違いが際立ち、何が本質なのかをうかがい知ることができるでしょう。その意味では、北米アニメとジブリアニメの比較から入った、ジブリアニメ論は、生徒たちにも充分響いたと実感しました。